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2006年2月28日 (火)

2月も終わり

久々のエントリです。28日しかないので、2月が終わるのは早く感じるものだが、それにしてもちょっと悔いが残る月だったかもしれない。上旬は修士論文、卒業論文の発表会、諮問と、例の水害WS。中旬から入試関係、札幌出張もあった(これもWS)。このあたりから、ちょっと気が抜けていたのかもしれない(なぜだろう?)。レポートの採点、ゼミの論文集の作成などがあったけれども、下旬はもっと自分の仕事ができていたはずなのに。5月の学会のエントリーも結局しなかった。明日から3月。やりたい仕事はたくさんあるのだけれど、どれも中途半端。自分の研究人生みたいだ、というか、そのままですな。1泊2日の札幌出張で気分を切り替えよう。

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2006年2月20日 (月)

ルタオ

恒例のお土産シリーズ。今回は、ついにルタオのチーズケーキを購入(新千歳空港で)。

ルタオ「ドゥーブル プロマージュ」 今や全国的に有名になった、ルタオのチーズケーキ。二層に分かれていて、上部がふわっと軽くて、下部がやや濃厚な味。以前購入した、パリ16区のカマンベールチーズケーキよりは、チーズチーズしていないし、濃厚ではない。とてもおいしいチーズケーキだと思うが、もうちょっとだけ甘さ控えめの方がいいのではないかという結論になった。

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あれから1年

札幌学院大学SORDプロジェクトのワークショップと、生活クラブ生協の調査打ち合わせがあり、週末は札幌に行っていた。昨年も同じ時期にワークショップを開催したが、その前後のスケジュールを見返すと、移動、移動の繰り返しだったことがわかる。そう、子どもの出産があったためだ。ほぼ毎週、病院に行くために、新幹線での移動だけでなく、何度かは深夜バスも使った。その中で札幌での用事もあったりして、とにかくばたばたしていた。願掛けに慣れない禁酒もしていたし、年度末の忙しさもあったのだろうか、険しい顔になっていたと思う。出産に立ち会った後に行われたSORDプロジェクトのワークショップで、ある方に「表情が穏和になった」と言われたことを思い出した。

あれから一年。いろいろな出来事があったが、幸い、子どもは元気に育っている(と思う)。出産前にあれだけ心配していたのが嘘のように。その一方で子どもに対する悲惨な事件が相次いでいる。他人事ではすまされない。来年の今頃、子どもとそして二年目の親になった自分は、どのようになっているのか。うーん、ちょっと想像できない。

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2006年2月15日 (水)

楽庵

昨日、予てからの約束だった「楽庵」に同僚の先生と行った。以前、一度だけ別の友人といったことがあるが、いつも混んでいる。行くには予約が必要だ(ただし、21時以降は比較的すいているかもしれない)。旬の京野菜・魚介類を使った京料理と、刺身がおいしい。京都ではお刺身が「普通」に食べることができることが、料理のボーダーラインと考えている。日本酒も、田酒の純米大吟醸などレアなものも置いている。ここはおすすめ。一緒に行った同僚の先生が、集中講義で来られた先生と毎晩通ったという理由も分かる。また行きたいと思う。

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2006年2月13日 (月)

教育現場のちから

先週のことだが、京田辺市の小学校に見学をさせていただいた。勤務先のFD活動の一環として、希望する教員は学校訪問をすることができた。私は、ゼミの学生が実習として一年間お世話になっていたこともあり、そのお礼をかねて訪問した。その報告を以下、書くことにする。

学校長と学生受け入れの担当の先生に、学校の概要および学生受け入れの問題点を伺う。昨年から勤務先の学生を12名、週1回ほど受け入れていただいているが、受け入れ側としては毎日2-3人の学生がコンスタントに来てくれた方がよいとのこと。学生指導にしても、教育活動にしても人数が多すぎたりするとかえってマイナスになるという。学生それぞれのカリキュラムの問題もあるのだろうが、簡単に実地教育をすればよいという発想が、現場に混乱を招いているということだろう。制度を作る側が現場を見ていないことがわかる。

見学した授業は、まず、少人数学級の例として小学校4年生の算数を見せていただいた。少人数学級は全国的にも行われているが、当初は習熟度別に行っているところが多かったようだ。だが、何でも習熟度別にすることに対して見直しがなされているようで、一緒に授業をする場合と習熟度別をどの単元で行えばよいのかという研究がなされているという。授業内容は分数と小数の話であったが、「数学」的な思考では「算数」は教えられないのだということが体験できた。数学科の学生が特に苦労するらしいと聞いて、妙に納得してしまった。

次に、小学校5年生の社会の時間として、京都府の地域紹介をするためのプレゼンの練習を見せていただいた(ゼミの学生がこのサポートをしていた)。地域学習など、調べ学習といわれるものは小学校でもインターネットを使って検索しているらしい。そのためか、内容がやや固く、小学生らしさ?がない。内容自体を理解しないで、それを棒読みしている子どももいた(これは大学生と同じかもしれないが)。どの情報をどのように取得するのか、という点が教育のポイントと伺った。情報教育、地域学習の研究の一つの方向性を示されたような気がする。

2つの授業の見学の後、特別支援教育の様子を少しだけ拝見し、給食をごちそうになった。いくつか印象的な話を列挙すると、

・「子どもが通いたい、親が通わせたい、教員が働きたい学校にしたい」という学校長の熱意(勤務先はどうなのだろうか)
・大学の教員の「理論」と学校教員の「実践」を、お互いに認め合いながら、うまくリンクをはかりたいので、できれば定期的に大学教員が現場に来て欲しい。(FD活動において、勤務先の教員で学校訪問を希望した教員は、委員を別にすれば4名である。ちなみに本学の教員は120名ほど)
・学校に来た学生が、当初は高校教員を希望し「内容の専門性」ばかりを求めていたのだが、次第に「教える」ことの難しさ、楽しさに気づき、「教師の専門性」とは何かという点をつかんでいったという。その結果、小学校の教員を目指すことになった学生が多くなったこと。(この点は私も授業中に話しているが、大学教員のように難しいことを難しく教えるよりも、簡単なことを簡単に教える小学校教員の方が、「教え方」という点では数億倍プロであるということだ。京都という場所も関係していたのだろうが、内容とその専門性ばかりにこだわることの無意味さは、現場の教員(一部かもしれないが)は理解している)

まだあったような気がするが、とにかく学校現場の力を感じたひとときであった。それはフィールドワークにでて、何かやる気が湧くような感じに似ている。教育実践や教育に関する研究も、学校現場と直接やった方が生産的なのかもしれない。やはり「繋ぐ」相手は、教育学者ではなく教育者だ。

p.s. 勤務先ではこの2年間、FD活動の委員を行っている。主な担当は授業アンケートの集計であったが、アンケートが形骸化したことを受けて、後期は実施していない。来年度以降はよりよい授業アンケート(評価?)が実施されることを期待したい(秋以降、執行部から何も連絡がないので無理だろうが)。何より、FD活動の問題点は、FDを受ける必要がない人が一番FD活動に熱心なことだ。どの大学も同じなのだろうか。

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2006年2月12日 (日)

繋がりの再構築

昨日は、大学サークル時代の後輩の披露宴(2次会)に出席させていただいた。新郎新婦が京都在住であったこと(しかも同じ区)もあり、サークルの仲間(多くは後輩)との同窓会みたいな感じとしても参加させていただいた。「今、どこで何をしているの?」という今の話から、「そんなことあったねぇ」という昔の話と、「これからは…」というこれからの話を短い時間だったけれども、いろいろ振り返ることできた。勿論、新郎新婦の生い立ちからこれまでのビデオクリップには勝ることはなかったけれども。

3月末の卒業式の後のパーティで以前話したことなのだが(そして今年も同じ話かもしれないけれど)、学生時代の友人知人というのは永いつきあい(例えばつきあっていてそのまま結婚)になることはあるけれども、意外につきあいがなくなってしまうことが多いと経験的に思う。自分は札幌に12年いたけれども、サークルのつきあいがあったのは前半の6年で、後半は永い入「院」生活のため、サークルや学部時代の友人のと繋がりは相対的に小さくなってしまったからだ。実際、今回、卒業以来(ということは10年ぶり?)会っていないという方もいたと思う。

でも、重要であるのは、強い繋がりを維持することだけではなく、弱い繋がりでも保ちながら、ある時、一時的にしろそれを強い繋がりに変えることではないかと思っている。10年ぶりにあったサークルの知人とは、もう逢わないのかもしれない。だが、その一方で、今後いろいろな意味で「繋がる」ことができるかもしれない。だから弱い繋がりでも持っていたいとはいつも思っている。今回の披露宴2次会は、結婚式の当初ってこんな感じだったかなぁという思いともに、繋がりの再構築を与えてくれたと思っている。感謝したい。

追:ちなみに私がHPやblogを始めようと思ったのは、弱い繋がりの結節点の役割に期待を持っていたことにある。勿論、結節点であるが故にconflictも発生するのだが、それを期待していないのは言うまでもない。

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2006年2月11日 (土)

けんかをやめて

「けんかをやめて ふたりをとめて 私のblogで争わないで もうこれ以上~」

竹内まりやのヒットナンバーの一つに「けんかをやめて」がある。この曲に描かれている女性を巡っては、賛否両論がありますね。天秤にかけられた方は、やるせないですなぁ。

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2006年2月 7日 (火)

噂の東横イン

東横インの社長の記者会見を見た。一連の問題に対して、当初は開き直りとしかいえないような態度だったが、昨日の会見はひたすら謝るだけだった。でも、嘘泣きっぽく見えてしまったのは、当初の態度を見てしまったからだろうか。このblogでも書いているように、東横インを定宿にしている。先週も泊まったのだが、事件が発覚した割には、あっさりとした対応だった。宿泊自粛運動もあるようだが、あの安さとコストパフォーマンス(会員は10泊したら1泊無料)は、他のホテルの追随を許さないものがある。とはいえ、ちょっとむかつくので、来週末の宿泊は別のホテルにした。ささやかな抵抗である。

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2006年2月 5日 (日)

水害シンポ-まとめにかえて-

 立春というのにとても寒い日だった今日、以前宣伝をさせていただいた「教育」を考えるシンポジウム:「水害に強い地域社会づくりと地域学習の可能性」が開催された。当初の予想よりも多くの方にご参加いただいたことに対して、改めて感謝申し上げます。さて、巨椋池の水害調査と子ども研のWSは継続するつもりだが、一応、学校教育の中で水害学習を行ったことに関しては、このシンポジウムが一つの区切りとなる。シンポジウムの内容を簡単に振り返りながら、一応の総括を行いたいと思う。

 シンポジウムでは、「なぜ、今、水害学習が必要か」という点を環境社会学の視点から全体の概要とさまざまな論点、実践についての講演(嘉田)がなされた。次に「水害の経験と記憶」と題し、水害調査・水害学習に携わってきた自身の水害経験と記憶、そしてその理解(知)のあり方について具体的な報告がなされた(小坂)。最後に、私たちが行ってきた向島南小学校の実践例の報告(川面)があった。コメンテーターには、社会科教育担当の教授2名にお願いし、ディスカッションがなされた。

 いくつかの点が議論されたが、印象に残ったことをいくつか書いてみたい。第一に、(私は想定の範囲内であったが)講演者・報告者の方(やその関係者)が一様に驚いていた点は、「社会科(もしくは教育)は、社会で起こったことの「後付け」をすることが主目的であり、いわばさまざまな科学の成果を伝えることにある。教育は慎重であり、(社会)運動ではない」という点である。未来を担う子どもを教育する立場でありながら、「今」を見て子どもに伝えることができないという点が、「運動家」とされたパネラー(私もそこに含まれる)にとっては驚きであり、落胆であったかもしれない。勿論、現場の教員は、「今」必要な話題、トピックは何かという点を考えながら、(ある程度)体系づけられた「知」を伝える努力はしていると思う。とはいえ、複雑で先行き見えない現代社会に放り出されている子どもたちに対して、「伝えやすい、確固とした」ものしか伝えるべきではないという立場は、その受け手からすれば悲しいことだ。社会認識を基軸とした教員論の限界だと思う。子どもたちの「処理能力」を超えることを懸念する声が聞こえてきそうだが、高い目標を掲げることも重要なのではないだろうか。ちなみに、水害学習の実践に対しては「政治運動」であって教育とは違うという趣旨のコメントもされたが、では指摘した教員が主導するシチズンシップ教育は政治運動ではないのか、という素朴な疑問も残った。やはり運動と教育を分けて考えるという議論は、理解に苦しむ(この点については秋に述べた)。
 第二に、この水害学習がもたらす「効果」について議論がなされた。この点はWS型の水害学習の実践が今後考えなくてはならない点であると思う。勿論、授業「効果」(子どもの理解度など、授業の目標の達成度)をどのように測定するのかという大問題は残るが、1日で行うWS型の水害学習の子どもへの効果は、一時的なものになってしまう可能性がある。シンポジウムでは議論されなかったが、我々が総合的な学習の時間を使い、時間をかけて授業展開を試みたのは、学習内容の理解を深めるためであった。もっとも、報告にあったように実際は事象の因果的理解などに理解を深めた子どもたちは一部にとどまり、改めて「子どもに伝える」ことの難しさを知ることになった。
 第三には、この水害学習によって何を伝えるのかという点が議論になった。地域や地域に住む人々、組織を学ぶこと、水害という災害の潜在的なリスクを知ること、そのリスクを知るためのメソッドを学ぶことなどがあるが、上述したように「現在」の話は教育に取り入れるべきではないという議論と、いやそうではなく必要だという議論は、コメンテーターの中でも分かれていた。この不毛な対立にはつきあいきれないが、社会学者としては後者の立場を支持したい。また、こうした水害学習における狙いがはっきりしないという指摘も受けた。確かにその通りかもしれないが、狙いをはっきりさせるのは授業担当者であるし、社会学者の仕事ではないなぁというのは夏から思っていることだ。
 第四に、やはり学校教育の議論をすると、社会科、総合的な学習の時間という区分の議論になってしまうことだ。別にどうでもいいじゃないかと思うのだが、これは指導要領で縛られている教員の宿命であろう。また、議論の最後の方で、学校教育と「運動」としての教育活動を棲み分けた方がよいという趣旨の意見もあったが、結論的に言えば、今の日本の教育体制から考えれば、そうなってしまうのかもしれない。だが、「運動」を組み込まない「制度」はダイナミズムが失われるということは指摘しておきたい。「後追い」の制度化された議論は、洗練はされているが、カビくさいのだ。
 ディスカッションの最後の方では、附属学校園の小学校教諭から「授業効果があるかないかがポイントであり、この水害という題材は過去のことであって、「今」の議論になりにくい」という驚愕のコメントがあり、講演者、報告者らがぶち切れたという一幕もあった。だって、水害のリスクの話をしていたのだから。後から考えるとこの方は話の前半を聞いていなかったことが関係していたようだが、とはいえ、話の内容から判断すると、やはり授業効果の有無がポイントであり、子どもが理解しやすい「目に見える」ものを子どもに伝えることが重要だと信じているようだ。でも社会科というのは「見えないものを見る」力を育てることなのではないだろうか。こうした背景には、子どもに教える内容は教師がすべて知らなくてはいけないという強迫観念がある。要するにこの教員は「見えないものを見る力」がなく、だから確実な「知識」を求め、それを子どもに伝えようとするのである。教員は指導要領からしか始められないという言い訳をしながら。
 最後にもう一つ。今回のプレゼンテーションで一番面白かったのは、第二報告だった。小坂さん自身の水害の経験と、その経験から水害自体や「社会」をどのように理解し、認識したのかという点が語られていた。こうした「語り」から社会をどのように理解していくのかという点が、知識偏重の教育ではない地域学習の一つの方法なのだと思う。コメンテーターやフロアーの多くが、単なる一事例として関心を示さなかったのが残念だし(結構、寝ていたよなぁ)、この点をうまく議論にもっていくことができなかった司会である私の力不足だ。
 
 この勤務先に赴任する際に、当時の講座主任に「社会学の研究だけではなく、教育に関することをやってください」と言われた。この3年間、常にそのことを考えて、一つの成果が今回の水害学習だった。いろいろなコメントやご指示をいただいたので、今後もいろいろ改善をしていきたいとは思う。そして、「@@していただきたい」というコメントをたくさん頂戴した。ただし「@@しましょう」ではなく。おそらく、いろいろな意味において仕切り直しが必要なのだろう。それは、今、このポジションやスタンスで「教育」を考えるということを見直すことでもあるかもしれない。

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